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2010-03-12
たとえばそこの蛸 水族館の水槽の底にわだかまって 疑い深くこちらを見てるやつ いつも世界を憎んでるのか 通りすがりのおれを たまたま憎んでみただけか そういえば、吹き出しが使いたいとか言ってたな、俺。 CSS で吹き出しを作るという情報があったので、やってみた。 参考。 - ピュアCSSで実装された吹き出しのデザイン例色々:phpspot開発日誌- Pure CSS speech bubbles -- Nicolas Gallagher関連記事。 - 吹き出しでしゃべりたい - 浦島雑誌- 吹き出しを作ってくれるサービス - 浦島雑誌
2010-03-11
2010-03-11
今日のネット巡りで拾ってきた詩。 苦しくったって 悲しくったって 京都の中では 平家なの
「だけど・・・涙が出ちゃう。壇ノ浦だもん」
坊主がうなると 公家が弾むわ - MCSG SYM - 苦しくったって 悲しくったって 京都の中では 平家なの ...替え歌だなと思う。 調べたら、アタックNo.1の主題歌らしい。 でも、元歌がわからなくても、この詩はおもしろい。 替え歌とかパロディとかは、元がわからなくても面白がれて、レベルクリア。 それと、替え歌の手法を一つ意識化できた。 元歌の世界を別の世界に置き換えること。 上の詩では、アタックNo.1の世界を平家物語で置き換えている。
2010-03-11
論理というのは人間が作ったものだろうが、その論理が人間にはきつい。だもんで、朝から晩まで論理をやってると、壊れる。 「プログラムを直したらバグがかわいそうだ」と本気で思った。 この時はさすがにもう駄目かと思いました。「バグにも人権がある」とか「勝手に生み出して人間は身勝手だ」なんていわれるとつらいですね。
コンビニに行きたいのに坂が流れてきて登れない。 ん、彼は今は連絡とってないのだけれど、未だプログラマーなのかなぁ。そして今では無事コンビニまでいけるのかなぁ。心配です。
マンホールが邪魔で歩けない。 よくよく聞いたところ、全てのマンホールの上に猫の生首が見えたそうです。別に邪魔で歩けない訳ではなかったみたいです。あと、「最近の郵便ポストには腕が生えてるんだな」と真顔でいわれたそうです。疲れているのか狙っているのか新手の冗談なのかわからない点がポイントです。 - プログラマー極限状態
2010-03-10
論理というものは、人間にはきつすぎる。哲学や社会科学も、広く人に受け入れられたものは、論理より感情に訴えることで成功している。ニーチェとかだけではなくて、マルクスもフロイトも。 太地町や漁協がやるべきことは,国内配給をこれ以上妨害することではない。対抗言論を形成しうるドキュメンタリー映画(多言語版)を,可能な限り「中立的立場」として製作することだろう。企画製作者に「全面協力」というスタンスがいいかも。その際には,誇張でも牽強付会でもいいから,「わかりやすい作為的シナリオ」を作るべきだ。宗教学,歴史学,自然科学などを総動員して,「イルカ猟を続ける意義」をアピールすべきなのだ。海外にアピールできれば儲けもの。少なくとも,日本人については,感情面ではなく理性の面において「味方」につける必要があるのと思う。太地町がこれからもイルカ猟を続けたいのであれば。 - 赤尾晃一の知的排泄物処理場(わかば日記) 『ザ・コーヴ』をめぐる反応
2010-03-09
何かにつけられてる気配 振り返ると ニワトリの足跡がついてくる 凶暴な感じもするから 本体があるとすれば シャモみたいなやつか
2010-03-09
一般から募集した「嘘みたいな話」を内田樹や高橋源一郎が朗読するプロジェクトが企画されているという。柴田元幸にも声を掛けているとか。 - ナショナル・ストーリー・プロジェクト・ジャパン (内田樹の研究室)直感的に、やだな、と思った。 手柄が内田や高橋に回収されてしまう感じ。「嘘みたいな話」を作った人や体験した人の手柄(?)が、内田や高橋の手柄にすりかわってしまうのではないか。 たとえて言えば、匿名で 2ch に書かれた「嘘みたいな話」をネットユーザーは面白がって読んでるわけだが、これを内田や高橋の名で読まされるような。 自作の歌を人気歌手が歌ってくれるというのとは、ちょっと違う気がする。 むしろこんな感じか。 それまでいい雰囲気で平等社会だったのに遅れてきた一匹のイケメンに全部持っていかれる - 色*色
2010-03-09
Wiki が怖いのだという。 - Togetter - まとめ「pukiwiki、はてなトップページの妙な恐怖感」怖がられてる Wiki はこれだという。 - Twitterクライアント - TwitterまとめWiki私はデザインが怖がられているのではないと思う。 テキストの量に対してリンクが多すぎるのと、専門用語のせいではないかと思う。 それと生き方の問題として、一般受けもせず、専門家にも評価されない中途半端なやつはどう生きればいいのかと。 私は未完成な記事を Wiki サイトに移そうかと思う。 詩とか、あとで手を入れたくなる。 そういうものはブログ形式より Wiki 形式のほうが向いてると思う。 たとえば前の記事「 ハエ男」。 これは詩として書きはじめたのだが、小説みたいになってしまった。でも、小説としても不満足。だから私はあとで手を入れたいと思う。それにはブログより Wiki がいい。
2010-03-09
天気の良い日。ハエ男が自転車でやってくる。 見かけはふつうのママチャリだが、物質伝送装置なのだという。 「コピー式の伝送は問題がある」 とハエ男は言う。 SF映画などで見る物質伝送装置は、物体を端から削りとって順次伝送しているが、削り取った箇所で組成が変わってしまい、もとの物体とは似ても似付かぬものが伝送されることになる。だから実際に使われてきた伝送装置は、送信側で物体をスキャンしてそのコピーを受信側で生成するものなのだが、この方式では送信完了後に送信側の物体を抹消する必要がある。人間を伝送装置にかける場合、これは殺人である。 「デジタルからアナログへの回帰だよ」とハエ男。 ママチャリ=物質伝送装置をギコギコ鳴らしながら、ハエ男は帰って行く。 道は地平線に続いていて、送信元はその向こうである。
2010-03-07
勝新太郎ほどの役者でさえ(あるいは勝新ほどの役者だったからというべきか)、偶然の力を借りなければ優れた作品はできないことを自覚していた。 - 作品は偶然の力を借りないと成立しない - 浦島雑誌ということならば、勝新の1000分の1ほどの天分もない凡人としては、偶然の力を待つだけでなく、意図して偶然を呼び込まなければいけない。というわけで、旧作「ほら、ほら、モグラ叩き男性」です。 この詩は、次のように作られた。 出発はいしだあゆみの歌った「ブルーライトヨコハマ」。 その歌詞を 打たれても打たれても ステップ踏んで 二人は逃げて 逃げて モグラの穴の中・・・ などとパロって(ここまで人力)、 これをグーグルだったかエキサイトだったかの自動翻訳に掛けて英訳(他力)。 その英訳に多少手をいれて(自力)、 それを日本語に訳しもどし(他力)、 さらに整理(自力)したのがこの詩です。 自動翻訳という他力に頼ることで、偶然を呼び込んでいる。 自動翻訳の精度の悪さも、偶然性を増す働きをしている。 読み返してみて、やはり自力なんかに頼っていてはいけないと思う。 自力なんて、たかが知れてるのだから。 ほら、ほら、モグラ叩き男性
ほら、このモグラ叩き男性
すごいです、すごいです、 あなたがどのように私たちを叩いても、 私たちは逃走して、トンネル掘って、 別の穴から現れます。
ほら、ほら、モグラ叩き男性 ほら、ほら、モグラ叩き男性
ハンマーだけが追いかけます。 それが再び来る、私たちは避けます。 それでも、ハンマー、危険なハンマーは 再び私たちを攻撃します。
ほら、ほら、モグラ叩き男性 ほら、ほら、モグラ叩き男性
私たちは、ステップ踏んで、 モグラの穴にトンネル掘って、 逃走します、あなたがどのように 私たちを叩いても。
ほら、ほら、モグラ叩き男性 ほら、ほら、モグラ叩き男性
それでも、しつこく あなたはハンマーを振り上げて 追いかけてきます。 あなたは愚かで、そして、この馬鹿。 実は、あなたは永久に、 私たちを叩くことができません。 ハンマーで追いかけるのと追いかけられるのと ときには同じくらい楽しいことなので、 あなたは、また、また、たまにはここに来て、 一緒に逃走しませんか? 関連記事。 - もぐら叩きの歌 - 浦島雑誌- 今朝の作詩活動について - 浦島雑誌- 詩作支援ツールとしての人工無脳 - 浦島雑誌
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