彼の最初の、 あるいはほとんど最初のテキストは、 断章集である。 そういう選択についての、 正当化のしかたはジイド流であった。 「なぜなら、 首尾一貫しないほうが、 形を歪ませる整然性よりましだから」
本をめくったら、 いきなりこれなので、 一昨日削除した記事のことを思って苦笑。 以下、 いずれも 『彼自身によるロラン・バルト』 から。 訳文 (佐藤信夫) は適当に変えてある。
プロレスも、 彼は一連の断章集、 ばらばらのスペクタクルの集積として見ていた。 なぜなら、 「プロレスにおいて理解可能なのは、 個々の瞬間であって、 持続ではない」 から。
断章は、 隣接する断章群から切り離されているだけではない。 (…) どの短文について見ても、 その照合事項の取り合わせが何ともでたらめなのだ。 まるで指定された韻を踏んで奇想天外な詩句を作るゲームのようだ。
(デッサンの勉強に、 ある画をコピーしようとして) 私は、 比率や組成や構造を再現しようとするかわりに、 素朴にも、 細部から細部へと順にひとつずつコピーしてしまう。 (…) 私は 「総体」 を再現するすべを知らない。
断章的に生きること。 体質がそうなんだから、 方法もそうであれ。
あと、 こんな一節。
十六世紀は人々が日記を嫌悪感なしに書きはじめた時代であったが、 当時人々はそれを diaire と呼んでいた。 つまり 《下痢》 であり、 《粘液》 であった。
ブログ論に使えそう。 21世紀は、 人々が嫌悪感なしに日記を公開しはじめた時代であった。 誰もがバルトを実践しているさまを見たら、 本人はどう思うのだろう。
巻末の資料によれば、 バルトが最初に発表したテキストは、 「アンドレ・ジイドとその日記についてのノート」。 そうだったのか。 おれが最初に読み通した娯楽物でない外国文学は、 ジイドの 『贋金使いの日記』。 小説 『贋金使い』 のほうは、 ようやく一回読んだだけだが、 『日記』 は座右、 というかしばらく持ち歩いていた。 あれこれあって、 胸痛し。 くそっ。
