[文学] 曲尺な私
きのうの記事の続き。内田百閒が 「蜻蛉玉 (とんぼだま)」 で描いた自画像は、 物の曲がっているのが大嫌いな几帳面な人物。 ひとが吸ったタバコの吸い殻も、 灰皿のなかできちんと並んでいないと不愉快で、 つい自分で並べ直してしまう。
真直ぐに並べるだけでなく、 あらゆる物の裏表が揃わなければならない。 金入れの中の銀貨銅貨は、 必ず表は表に揃えて入れておく。 月末に月給を受取ると、 私は早速袋の中から紙幣を取り出して、 裏表と向きを揃える。 …
その私 (=百閒) を理解し、 私のほうでも好ましく思っているのが、 友人の L 君で、
私の家に訪ねてくると、 先ず玄関で下駄をきちんと揃えて脱ぐのは勿論、 座敷に通ってからも、 自分の敷いている座布団の縁を畳の目から狂わせるようなことは滅多にしない。
日本語の表記に L は使われない。 人名の頭文字となることもありえない。 思うに、 この L は曲尺 (かねじゃく) を模した象形文字である。
