2005-06-20
[]  そういえば、 デカルトがいたな。我思う、…
そういえば、 デカルトがいたな。

我思う、 ゆえに我あり。

わたしの 《自分あっての世間》 と同じだろうか、 違うだろうか。 どちらも、 行動の規準ではある。 わたしはわたしの 《自分あっての世間》 が行動の規準であることを知っている。 デカルトは彼の 《我思う、 ゆえに我あり》 が行動の規準であることを、 自覚してただろうか。 たぶん自分でも言ってそうだし、 なんらかの自覚はあっただろう。 ただし、 ──

デカルトにとって、 というより、 彼の 『方法序説』 にとって 《我思う、 ゆえに我あり》 は行動の規準であって、 この規準を出発点として 『方法序説』 は書き上げられた。 ではあるのだが、 《我思う、 ゆえに我あり》 にそれ以上の普遍性があるだろうか。 わたしの 《自分あっての世間》 のほうが普遍的ではないか。
この記事のトラックバックURL:
http://www.uraxima.com/notes/20050620.tb
おれジャック、 改名して今は浦島。


[浦島雑誌について]
- ブログ評論
- 管理室

[Twitter]


[タネ]
- 音素材
- 文豪ミキサー
- はてなハイク
- 無脳詩人

[ショートカット]
- Audacity
- KRISTAL Audio Engine
- Firefox
- Windows