[美術] 共振する孤独

きのう買った 『すべてのレコジャケはバナナにあこがれる。』 (安田謙一、 市川誠) という本で、 エドワード・ホッパーのことを知った。 美術に関心があれば、 誰でも知ってるくらいの画家らしい。
上の画像は、 ホッパーの 作品 Nighthawks (from WebMuseum: Hopper, Edward)。 日本で夜鷹といえば街娼のことだが、 英語のナイトホークは夜ふかしをする人の意で使われる。 一匹狼的な意味もあるらしい。 安田いわく、
画の中の蛍光灯に浮かび上がる4人よりも、 孤独なのはこの風景を見ている男=ホッパー自身かもしれません。 そして、 それが画に見入るわれわれの孤独と共振しているような気もします。
そう、 共振するんだよな。 ということは、 考えてみればあたりまえのことだが、 孤独は共有できる。 ついでにいえば、 寂寥とか悲哀といった感情も、 快感の一つだろうと思う。 でなければ、 そんな感情を誰が繰り返し歌ったり、 絵に描いたりするものか。

同じく WebMuseum: Hopper, Edward から、 ホッパーの Summer Interior。 日常の場面で 「僕はさびしい」 とか 「孤独です」 と言ったらお笑いだが、 そういう感情を笑いなしに仲介できるのが歌や絵というものだろう。 笑っちゃうようなのがあるとしても。
