2006-01-19
[文学]  泥棒日記
力量。 そいつが持ってる能力の総量という意味でいえば、 小説家の力量は詩人のそれよりはるかに大きい。 たとえば、

チェコからポーランドへ越える
国境の麦畑で
姿を消した連れの若者
深い林に迷ったか
それとも私を捨てたのか
麦畑のポーランド側は
樺 (かば) の森に囲まれ
チェコ側も森、 こちらは樅 (もみ) の

正午、 一片の雲もない空の下の
ここちよい不安
言うに言われぬ甘味な謎
「いったいこの畑は何を
 隠しているのだろう
 裸麦の間にどんな
 国境警備員が
 隠れているのだろう」
たくさんの野うさぎも
見えはしないが
その中を駆け回ってるに
違いない

「もし何か起こるとしたら」
とジュネは自問する
「それは、 一角獣の出現だ
 こんな時刻と
 こんな場所が
 生むことのできるものは
 一角獣のほかにない」

1ページ足らずの記述から、 こんな詩が容易に切り出せる。 小説の、 とくに地の文を読むたびにいつも思うのだが、 すぐれた小説にはこんなにもたくさんの詩が埋め込まれている、 とても詩人の及ぶところではない、 と。 小説家が人生の師として世の中から敬われ、 詩人がほとんど乞食と同義なのも、 むべなるかな。
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おれジャック、 改名して今は浦島。


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