詩が書けない原因の一つに、 このごろ自転車を使ってることがあるのではないか。 書けない理由はほかにもあるから、 あくまでも理由の一つにすぎないが、 徒歩や電車での移動中なら、 フレーズが浮かんだら手帳に書き留めるとか、 ときにはそこらのベンチで仕上げてしまうということもあるが、 自転車ではそれができない。
曲作りには、 自転車は使える。 「海賊宿の歌」 や 「ファントマ」 は自転車を走らせながら仕上げた部分も多い。 音楽は抽象的なものだから、 自転車という具体物を操作してる最中でも、 頭の中で共存できるのでは。
敷衍すると、 注意力その他の頭脳資源をより多く割り当てなければならない移動手段 (自動車や自転車) は、 音楽にとってはプラスに働いても、 文学にはマイナスではないか。 さらに敷衍すれば、 文学者と音楽家の体質の違いというようなことにもつながるかもしれない。
