2006-02-04
[詩論]  「二百十日」 の構造
昨日の 「二百十日」 を材料に、 詩の構造ということを考えたい。

  ハハハハ荒木
  ハハハハ荒木
  又ハハハハ
  又右衛門が相撲取り
  あきれてしまった
  じつに無識だ
  落ち行く先は九州相良

夏目漱石の 「二百十日」 を読んだ人はすぐわかるとおり、 この詩は 「二百十日」 の碌さんの台詞から取られているが、 今から見ることと本質的な関係はない。

まず全体をながめると、 最後の1行がそれ以前と異質である。
音楽形式の記述にならって、 これを A B 形式としようか。 だが、 そう見るには AB の長さが違いすぎる。 むしろ最後の1行を長歌における返歌と見なして、 形式としよう。

別の分解もできる。 前半の 部のうち、

  あきれてしまった
  じつに無識だ

の2行がそれ以前と多少気配が異なる。 そこでこの部分を分けて、 あるいは みたいな見方もできる。

さらに別の分解。
最初の2行と次の2行を似たもの同士と見れば、 A A' B C のようにも分けられる。 と見てもいい。

しかし、 まいったな。 こんなに、 どうにでも分けられるなら、 理論にならないではないか ―― とは思うが、 ここでやめては始まらないから、 楽曲の理論だって似たようなものと強弁して先に進もう。 こういうテンプレートを用意しておいて、 そこに楽譜や言葉をあてはめて行くのは、 創造の助けになるはずである。 できるだけ実用的な理論を作りたい。

ということで、 この項続く。 次回は、 この詩が 「二百十日」 からフレーズを借りているということが、 多少関係してくる。
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