2006-02-08
[詩論]  遠近法
前項の 「殺人事件」 をざっと見ると、 2箇所の空行によって全体が3分割されているが、 これをさらに、 描かれた光景の 「距離」 という観点で眺めると、 4部に区切ることができる。

まず最初の2行、

とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。

この箇所が遠景である。 これに続く数行、 女の死体の上できりぎりすの鳴いているところまでが近景。 次のブロックが中景。 そして最後の2行がふたたび遠景である。

みよ、 遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者はいつさんにすべつてゆく。

こんなふうに近景と遠景を適切に切り替えて行くと、 視覚的なダイナミズムが生じる。 いや、 時間的なかな。 時間の経過に従って、 光景が大きく変動して、 視覚的効果が生まれる。 この技法を 「遠近法」 と呼ぶことにしよう。 ただし、 絵画でいう遠近法とは異なる。 絵画の遠近法は、 距離感を的確に表現するための技法だが、 今定義した遠近法は、 遠景と近景を切り替えて動きを作り出すもので、 映画の手法にたとえるほうが近い。

遠近法の例としてもう一つ、 チャールズ・シミックの 『世界は終わらない』 (柴田元幸訳) から 「都市は陥落した…」。

   都市は陥落した。 私たちは狂人によって描かれた家の
窓辺にやって来た。 沈む夕日が うち捨てられたいくつかの
無為の機械を照らした。 「昔はさぁ」 と誰かが言った。
「狼を人間に変えて、 そいつにたっぷり 心ゆくまで
説教してやれたのに」

最初の 《都市は陥落した》 が遠景。 後半の 《「昔はさぁ」》 以下が近景。 両者にはさまれた部分が中景だが、 《沈む夕日》 によって、 多少の遠景スパイスも入っている。 もっとも、 ダイナミズムを生んだのは、 望遠から広角にレンズが切り替わったからだけではない。 《都市は陥落した》 という無味な歴史叙述的センテンスで始まったものが、 ばかばかしいような個人の述懐で終わっているという落差の効果も大きい。

シミックのこの詩に刺激されてできたのが、 自作の 「亡国」。 このときは 「遠近法」 という考えはなかったので、 歴史的背景 (《都市は陥落した》) のもとでの個人の営為という捕らえ方をしている。
この記事のトラックバックURL:
http://www.uraxima.com/notes/20060208.tb
おれジャック、 改名して今は浦島。


[浦島雑誌について]
- ブログ評論
- 管理室

[Twitter]


[タネ]
- 音素材
- 文豪ミキサー
- はてなハイク
- 無脳詩人

[ショートカット]
- Audacity
- KRISTAL Audio Engine
- Firefox
- Windows