[社会] 人は差別を求める
小谷野敦、 斎藤貴男、 栗原裕一郎 『禁煙ファシズムと戦う』、 小谷野敦の序文から。この運動 (=禁煙運動) の根源には、 ある動機があると私は考えている。 それは、 特定の集団を差別したいという心理である。 現在の先進社会では、 性別、 人種などによって人を差別することは、 たてまえ上とはいえ、 許されていない。 そこで、 他人に害を与えるという理由のもとに、 喫煙者を 「汚い」 ものと認定し、 差別しようとしているのである。 これは、 かつて肺結核患者やハンセン氏病患者が受けた差別と、 ほぼ同質のものだ。
なるほど、 差別したいという気持ちだったか。 その裏には、 自分が正義の側にあるという安心感が欲しいのだろうが、 それはおいて、 ひところの 「オヤジは臭い」 から 「煙草は臭い」 に嫌悪の対象がシフトしつつあるのを感じる。 差別したいという心性にとって、 とりあえずターゲットは一つあればいいから、 的が喫煙者に収斂してゆく可能性は高い。
もう一箇所。 小谷野による本文から。
私の両親は、 ともに、 兼業農家の煙草屋の生まれで、 母は 「たばこ屋の看板娘」 だったという。 (…) そんな遺伝子を持つ私であるから、 子供の頃から、 父や親戚のおじさんが煙草を吸っていると、 「いい香りだなあ」 と思っていたし、 クルマに酔うたちだったが、 煙草の煙が流れてくると少し気分が良くなる、 というような子供だった (…)
そう、 煙草はいい香りがした。 ヘビースモーカーはそのことを忘れがちだし、 世間では煙草は悪い匂いということになりつつあるから、 これからは 「悪い匂い」 で決まりなのだろうが、 えーと、 このこともおいて、 煙草がまだ良い香りを放っていた時代の一家団欒を描いた佳詩をどうぞ。
