山崎 (…) 本来は人間、 律儀に生きている人が大多数でしょう。 目的について不信のない人、 毎日働いて給料を貰って、 これで世の中に盡くしていると思える幸せな人です。
しかし、 そう思えない人間がやたら出てきた。 そうすると自分というものを過剰に人に見せる。 ここから、 後には伊達者ですが、 当時の言葉で言えばかぶき者が出てくる。 そんな意味で名古屋山三は、 蒲生氏郷の小姓であって、 それも浪人したというのが大いに象徴的だと思うんです。 (…) すべての人が、 少し美男であって浪々の身であれば、 自分を名古屋山三に見立てて生きられる時代であった。 そうしないと生きられない時代であったというふうにも言える。 だから舞台の上の名古屋山三は民衆の影武者なんです。
しかし、 そう思えない人間がやたら出てきた。 そうすると自分というものを過剰に人に見せる。 ここから、 後には伊達者ですが、 当時の言葉で言えばかぶき者が出てくる。 そんな意味で名古屋山三は、 蒲生氏郷の小姓であって、 それも浪人したというのが大いに象徴的だと思うんです。 (…) すべての人が、 少し美男であって浪々の身であれば、 自分を名古屋山三に見立てて生きられる時代であった。 そうしないと生きられない時代であったというふうにも言える。 だから舞台の上の名古屋山三は民衆の影武者なんです。
「少し美男」 というのが肝要。 早い話が、 ほとんどの若者。 少しの美貌、 少しの腕力、 少しの体力、 少しの知力、 少しの商才、 少しの度胸、 要するに本人が錯覚できる程度の少しのとりえがあれば、 帰属先などなくとも、 自分を名古屋山三郎に見立てて生きることのできた時代。 あるいは、 そうせざるをえなかった時代。
名古屋山三の条件。 美貌。 帰属意識の欠如。 死者であること。 尾崎豊などは当てはまりそう。
