2006-03-06
[文学詩論]  六人の中国人の漁師 (3)
(以下でのブロック記号は先のエントリー 「六人の中国人の漁師 (2)」 を参照)

だめだ、 説明文を書こうとすると手が止まってしまう。 自分用のメモだけ書いておく。
  • [I]、 [II]、 [III] の各ブロックに一度ずつ現れる 「かれら」。 これらの 「かれら」 が、 これらのブロックを緩くブリッジしている。
  • [II]、 [III]、 [IV] をブリッジしているのは、 絵画または芸術。
  • [III]、 [IV] のブリッジは、 作者の内面あるいは体験。 絵描きたちが安値で作品を売ってしまうとは、 詩人自身の体験でもあるだろう。 作者にはほとんど収入をもたらさなかった詩集が、 いまではプレミア付きでやり取りされているというような。
    だから ―― と言っていいと思う ―― [IV] の太った男は芸術をやめようとする。 ランボーの影。 ウェブページで傍点を付けるのはめんどうなので省略したが、 この 「芸術」 という訳文には傍点が振ってある。
  • [I] と [IV] のブリッジは中国。 [I] がかもしていた裏社会映画の味わいが、 [IV] に至って国際的犯罪シンジケートのスケールで深化。
「六人の中国人の漁師」 がどうして好きかは言えなかったが、 構造から詩を作るという技法が一つストックできた。 この項終わり。 この項続く。

- 六人の中国人の漁師 (1)
- 六人の中国人の漁師 (2)
- 六人の中国人の漁師 (3)
- 六人の中国人の漁師 (4)
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おれジャック、 改名して今は浦島。


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