俳諧は近代でいう俳句ではない。 俳諧という言葉を辞書でひいてみれば、 それが、 たわむれ、 おどけ、 滑稽、 諧謔の意味であることがわかる。 しかし俳句などといってしまうと、 年寄りの手すさびみたいで、 どうもあまりさえない。 (…) 明治になってから近代人が西欧的にエラくなろうとした結果、 俳諧からエネルギーが抜き取られて俳句になったのだった。 (…) たしかに俳諧は芭蕉で変わった。 しかしその芭蕉から俳諧の連句をそっと抜き取り捨てて、 俳句だけを後世に伝えたのはやはり近代の人々だった。 ―― 『江戸の想像力』
ひょいと本棚から抜き取って開いたら、 こんなことが書いてある。 いい本持ってるんだなあ、 読みなさいよ、 おれ。
これと少し関係がある。 ときどき思っていたのだが、 自分には短歌は長すぎて、 俳句は短すぎる。 短歌を作ろうとしても、 うまく三十一文字が埋まらない。 そんなにたくさん文字を使って言うほどの思いがないのだ。 いっぽう十七文字では、 これは技術的な問題だろうが、 はみだしてしまう。 連歌だったら、 ちょうどよいかもしれない。 十七文字か十四文字で言い切れなくても、 ほどほどで放り出して、 次の句に期待すればいいのだから。 だけど連歌というのは、 どうやるのだろうとも思っていたのだが、 それについても 『江戸の想像力』 に少し書いてあるようだ。 詩を書くつもりだったが、 今夜はもう気力なし。 優子先生の本を読みながら寝るとしよう。
