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カルガモが重要な役を果たした歴史上の事件がある。 いわゆる嘉吉 (かきつ) の乱。 嘉吉元年 (1441年) 6月、 当時の将軍・足利義教を赤松満祐が誘殺して起こった3カ月ほどの騒乱だが、 このとき義教が赤松邸をおとずれたのは、 「庭の泉水の鴨の子、 ご覧のため」 (『赤松記』)であったという。 鴨の子が生まれました、 かわいいですよ、 ぜひご覧ください、 と招かれて行った先で殺されたのである。 以下は、この事件を扱った二つの小説から。
一つは、 73年に出版された 『室町小説集』。 著者は花田清輝。
わたしの記憶によれば、 鴨は典型的な冬鳥であった。 夏には北方で子を育て、 九月上旬から十一月ごろに隊を組んで渡ってくる。そして三月上旬から五月にかけてふたたび北へ帰っていく。 とすると、 あの蒸し暑い京都の夏に、 鴨のむれがまごまごしているはずがないではないか。
だから 『赤松記』 という史料は信用できない、 と花田はいったんは書くのだが、 その後、 俳句歳時記にカルガモ (軽鴨) の記述をみつけて、 考えを改める。 当時を代表する知識人の花田でさえ、 夏の日本に鴨はいないと思い込んでいたのだから、 一般にはカルガモは知られてなかったと見ていいだろう。
カルガモが世に知られてからは事情は変わる。
「この下旬ごろ、 いつか申したカルガモ見物にお成りいただけますまいか?」
赤松満祐がこういい出したのは、 六月にはいってまもないある日であった。 …
赤松満祐がこういい出したのは、 六月にはいってまもないある日であった。 …
これは89年に書かれた山田風太郎の 「室町の大予言」 (『室町少年倶楽部』 所収)。 『赤松記』 にある 「鴨」 を 「カルガモ」 と言い換えただけ。 もう調べる必要も説明の必要もなかったわけですね。
