二月、 金山出石寺 (真言宗) に入り修行する。 九月、 退山、 三度目の上京をする。 埼玉県栗橋の利根川堤防下の小舎で自炊生活をはじめる。 川崎市砂子に辻潤を訪ねる。 十二月、 ガリ版刷りで 『まくはうり詩集』 を作る。 佐藤春夫、 平戸廉吉、 宮嶋資夫を知る。
以前、 調べ物で高橋新吉の自伝を見たことがあり、 上のようなことはだいたい記憶にあり。 ただし、 中年男の行状のように思っていたのだが、 いま見れば高橋はこの年20歳。 速度と乱暴。 「利根川堤防下の小舎」 とあるのは、 たしか堤防の内側で、 増水すれば水に流されてしまうような場所だったと思う。 わずか3カ月のあいだに、 辻潤を訪ね、 処女詩集を作り、 佐藤春夫と知り合う。 この速度。 愛と無謀。
名前を知ってるだけなので、 Wikipedia で辻潤のことを調べ、 青空文庫でエッセイを見る。 辻によれば、
スチルネルにいわせると、 各人が自分の自我をハッキリ意識することが第一義である。 それが自分を所有することになる。 そして自分を所有することは同時に一切を所有するということである。 なぜなら 「万物は自分にとって無」 だからである。 ―― 辻潤 「自分だけの世界」
だそうで、 おれが考えるようなことは人も考えているということ。 スチルネルとは、マックス・シュティルナーだろう。 ついでに、 シュティルナーのことを少し調べる。
また辻によれば、
スチルネルの 「所有人」 (Eigner) という言葉は彼自身の発明であるように見えるが、 「荘子」 を読むと (「荘子」 は又僕の昔からの愛読書の一つである) 「独有人」 という言葉が出て来る。 この 「独有人」 という言葉をそのまま “Eigner” の訳語として借用しても差支えはなさそうだ。 「独有人」 とはどんな人間かというと 「……能物レ物。明レ乎一レ物レ物者二レ之非物也。豈独治二レ天下一而己哉。出-二入六合一。遊レ乎二レ九州一。独往独来。是謂二レ独有一。独有之人。是之謂二レ至貴一。」
だそうで、 自分は結局のところ荘子あたりに落ち着くのか。 青空文庫、 ウィキペディア、 ほんの10分か15分で辻潤とシュティルナーがわかってしまう。
