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80年代はこんな時代だった。赤木氏とあるのは、『若者を見殺しにする国―私を戦争に向かわせるものは何か』 の著者赤木智弘。
赤木氏を目覚めさせた本だという「若者殺しの時代」で堀井憲一郎氏は、1983年の「anan」でのクリスマス特集が「若者からの搾取のはじまり」とするのであるが、対談に付されている、「裸を見るな。裸になれ。」(パルコ 1975年)、「モデルだって顔だけじゃダメなんだ」(同)、「じぶん、新発見。」(西武百貨店 1980年)などのポスターを見ると、消費時代というのはもうすでにその前からはじまっていたのだなと痛感する。これらのポスターをみると、この頃はなんとおしゃれな時代だったのだろうと思う。ちなみに「じぶん、新発見」は糸井重里のコピーらしい。そして1981年「不思議、大好き。」、1982~83年「おいしい生活」もまた糸井氏のものである。現在、糸井氏が「ほぼ日」などというものをやっているのは、そのときのバブル参加への贖罪なのではないかと思う。
- 上野千鶴子 三浦展「消費社会から格差社会へ 中流団塊と下流ジュニアの未来」- 日々平安録
もうひとつ。
1980年代において一大画期として数えられるのが、83年ごろまでの「友達と過ごすクリスマス(パーティー)」から、85年ごろから始まる「恋人と過ごすクリスマス(デート)」への転換であろう。これがバブル期特有の「金銭にまみれた対幻想世界(ただし共同幻想にどうしようもないほど媒介されているのだが)」の下地になっていたのだ。そしてその転換を準備したのが、83年に発売された山下達郎のアルバムでありここに言わずもがなの『クリスマス・イブ』が収録されていたのである(ちなみに、83年と言えばその他にも恋人同士二人きりの時間‐空間を演出するためのアイテムが数多く生まれていることに注目しておこう。まずはデートスポットの定番である東京ディズニーランド。更には、二人だけの世界に没頭することが出来るファミコンの発売もこの年である)。
ここで手を休めずにもう一段遡ってみると、1980年に或るひとつの徴候的事象を発見することが出来る。これこそが、この小論で私たちが求めていた答えにあたる。それが、松任谷由美の『恋人がサンタクロース』である。恋人と二人きりでクリスマスを過ごすことを肯定的に描ききった歌はおそらくこの歌が最初である(番組のなかでコメントしていたオリコン取締役はそう述べていた)。この歌こそが一連の流れの始原に位置し、「クリスマスのH化」の発生の萌芽を準備していたことになる。
- クリスマス - In its right place
なるほどなあ、松任谷由美か。曲は知らないが、貧乏人や貧乏ったらしい左翼への嫌悪・憎悪をバネにしているかに見える松任谷なら、いろいろうなずける。やはり時代をつかんだクリエーターなのだろう。