ブスのくせに! って
それを言われたら
わたしは立つ瀬がありません
だって、 そうでしょ
わたしはブスなんだから
もう何の権利もない
せめて反論する権利でもあればいいんですが
ブスですもんね
そんな権利はありません
て、 いや、 そういうことじゃなくて
いや、 そういうことではあるんですが
筆者の言葉を引けば
「ブスのくせに!」 や 「醜男のくせに!」 は
「ブス!」 や 「醜男!」 とはちがう
「のくせに」 には人間の情緒が溜まっている。
この溜 (た) まりを鑑 (かんが) み、 鑑みるゆえに、 溜まりを極力排除することに燃えた 「人の外見ウォッチング」 が、 当エッセイ集である。
思うに姫野カオルコという人は
「燃えた」 とここにも書いてるように
全否定を否定することに燃えている
だって、 そうでしょ
全否定を否定しなかったら
人間なんてどうやって生きてくのよ
「全否定を否定する」 を
逆方向から言うと
どういうことになるのか
うまく考えつかないんですが
いえ、 考えつかないのは
もちろんこのわたしで
抽象的に何と言えばいいかは別として
その具体的な答えが
恋愛小説の至宝 『ツ、 イ、 ラ、 ク』
だったのだと思います
姫野カオルコ『ブスのくせに! 最終決定版』
(集英社文庫)
姫野カオルコ『ツ、 イ、 ラ、 ク』
(角川文庫)
