2008-02-26
[文学社会]  物語とは何か
本田透 『なぜケータイ小説は売れるのか』 より。

外見がどれだけ変わろうとも、 物語の役目は常に同じだ。 「無意味な人間の生に意味を付与する」、 これなのだ。 ゆえに大衆に支持される物語のテーマやプロットは、 ある特定のパターンしか存在しない。 (P.188)

「ゆえに」 のつながりがちょっと心細いが、 前半は同意できるし、 後半も同意できそう。

人間の生には本来、 何の意味もない。 人間は DNA のコードに従ってただ生まれてきて、 そして死ぬだけである。 自意識による自己突っ込みの無限連鎖の果てにニーチェが発見したように、 生は無意味なのだ。 さまざまな苦悩や障害や挫折が人間を襲うが、 それらは常に不条理で、 意味のない不幸なのだ。
だが人間は、 不条理な不幸、 意味のない苦境には耐えられない。
(…)
ゆえに、 人間は自分の過去と現在と未来を 「物語」 として編纂しなければならない。 (…) 聖書や仏典は、 そのような 「私の物語」 を編纂する際のルールブック、 手引書、 指導書なのだ。 (…) 人間が味わう苦悩は、 決してまるきり無意味な苦悩なのではない。 そういう保証を、 聖書という物語の雛形が個人に与えてくれるのだ。 (P.198-199)

物語とは、 人が生きるためのフレームワークであると。
いちいち自分 (や他の人) が生きることの意味を分析なんかしてられないし、 そうかといって、 生なんて無意味だもんねと笑って過ごすわけにもいかない。 まあ、 ときどきは笑うにしても。 だから人は物語を必要とするのだと。

本田透『なぜケータイ小説は売れるのか』なぜケータイ小説は売れるのか
本田 透
(ソフトバンク新書063)

《誰もがケータイを持つ時代に咲いた徒花か、 それとも新しい文化の始まりなのか、 ケータイ小説を読まない人でも、 これ一冊で分かる画期的な内容》 ―― 裏表紙のコピーから
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