2008-06-14
[文学]  議論はかみ合わない
議論はふつうかみ合わない
かみ合えば議論は終わってしまうから

私は誰とも議論をしたわけではないのに、 独 (ひとり) で腹を立てていた。 神がいると云う者と、 いないと云う者の間には、 そのいるとかいないとか云う言葉が、 食い違ってるんだ。 自分が神はいないと云ったからって、 それは神がいると云う者のつかったいると云う言葉を、 否定したのではない。 それが解らないのだから駄目だ、 と思って一人でむしゃくしゃしながら、 懐手 (ふところで) をして歩いていた。
―― 内田百閒 「白子」

百閒先生は
ずいぶん短気な人だったというが
こんなことを言ってるようじゃあ
議論は弱かっただろうね
議論に勝つには
弁論が巧みか
闘争心が旺盛か
暴力をちらつかせるか
声がでかいか
いろいろ条件はあるが
いずれにしろ
相手の立場を忖度してたりしたら
勝ち目はない

それなら神を連れて来て見せるがいいと私は腹の中で叫んだ。 よしんばつれて来て見せたところで、 それは神がいると思っている者の神に過ぎないじゃないか、 それが神はいないと思う者の目に神と見えるかどうだか受け合われたもんじゃない。 それじゃしかし、 こう考えたらどうする。 それじゃ神はいないと云う者も、 その否定する前に、 一先ず自分の神を神を認めた事になってしまう。 彼は否定する為の神を祀ってるじゃないか、 どうだと私は独で駄目を押して、 益 (ますます) むしゃくしゃして来た。

だめだね、 やっぱり勝てそうもない。
議論というのは
結局のところ
何がどうあろうと
論理的だろうと非論理的だろうと
筋が通ろうが通るまいが
あくまで自分の立場を言い張るもので
先生みたいに
たんびに自分の立場を
懐疑してたり
うっかり相手の立場と
入れ替わってたりしたら
やっぱり負けるんじゃないか。

議論はふつうかみ合わない
だから、 議論を続けようと思ったら
論点をかみ合わせたりしてはいけない
かみ合わせたりすれば
その、 かみ合わせようとした方が負ける
なにしろ、 相手は
かみ合わせようとしてないのだから
かみ合わせようと試みる方が
相手の論点にすり寄らなければならない
つまり相手の立場に立つわけで
相手の立場に立ってしまえば
議論は終わります。

冥途・旅順入城式
内田百閒
この記事のトラックバックURL:
http://www.uraxima.com/notes/20080614b.tb

コメントを書く
コメント:

お名前:

おれジャック、 改名して今は浦島。


[浦島雑誌について]
- ブログ評論
- 管理室

[Twitter]


[タネ]
- 音素材
- 文豪ミキサー
- はてなハイク
- 無脳詩人

[ショートカット]
- Audacity
- KRISTAL Audio Engine
- Firefox
- Windows