2008-06-22
[文章作法ネット]  ネット時代のタイポグラフィ
ブログを見てると、 やたら行を空けて記事を書く人がいる。

センテンスごとに空行が入ってるとかね。

どういうことなのだろう、 あれは。

昨日、 そのことで人とちょっと話題になった。

おれはたんにデザイン的な好みじゃないかと思ってたんだが、 そうでもないらしい。 文章力がないせいで、 あんな書き方になるんじゃないかと言う。

気になってたので、 今朝、 その手のブログをいくつか観察してみた。

まず、 文章力の問題ではないね。

文章力というなら、 問題になるのはビジターの読解力だが、 いま問題にしてるのは書き手のことだ。 行をあけて書くのは、 読者のためを思ってというより、 書き手の美意識ないし都合というようなものだろう。

いや、 待てよ。 やはり書き手の文章力の問題か。

そう思いながら読んでみたが、 文章力が欠けているとは思えなかった。

じゃあ、 なんで行を空けるのか。

論理の破綻が、 あの空行に現れてるのか。

いや、 論理や話題が飛んでるということはない。 不連続ではない。 見かけの表記は、 行ごと、 段落ごとに入ってる空行のせいで、 不連続感はあるが、 とくに接続詞を省くようなこともなく、 論理も話題もちゃんとつながっている。

論理の欠如というなら、 それはおれのことでして、 いつものことだが論理を飛ばして (勘だけで) 結論をいうと、 あれは時間の経過を示してるんじゃないか。

つまり、 行と行のあいだで、 思考に要した時間が流れてるわけです。

プロの書き手や、 これまでの文章作法なら、 改行やリーダーやダッシュを使って息を継ぐところを、 さらに空行でつないでいると。

そういえば、 1行じゃなくて、 何行も空きを入れて時間の経過を示したりする手法もあります。 原稿用紙とか印刷スペースとかの物理的な制約のないブログでは、 こういう処理が遠慮なしにできますね。

息継ぎを空行で示すスタイルは、 掲示板やチャットでの経験も下敷きになってるかもしれない。

以上にように考えて、 結論としました。

空行は思考に要した時間の経過を示している。

ある意味、 これまでより正直な表現スタイルなのではないか。

別の言い方をすれば、 書き手の生理に忠実なスタイルではないか。

文章を発表するための物理的コスト (原稿用紙とか印刷代とか) がほとんどゼロになった時代だから許されるタイポグラフィといえる。

ついでに言うと、 おれが文章は書けないのに、 詩みたいな形式にするとわりにすらすら書けたりするのも、 似たような理由ではないか。 息継ぎを、 改行という形で文章に織り込んでるんだな。
この記事のトラックバックURL:
http://www.uraxima.com/notes/20080622a.tb

コメントを書く
コメント:

お名前:

パスワード:
(20a7 を入れてください)
おれジャック、 改名して今は浦島。


[浦島雑誌について]
- ブログ評論
- 管理室

[Twitter]



[タネ]
- 音素材
- 文豪ミキサー
- はてなハイク
- 無脳詩人

[ショートカット]
- Audacity
- KRISTAL Audio Engine
- Firefox
- Windows