浦島雑誌
2008-11-20
[文学文章作法]  思い出の清兵衛と瓢箪

ちくま日本文学 21
志賀直哉
清兵衛は十二歳でまだ小学校に通っている。彼は学校から帰ってくると他の子供とも遊ばずに、一人よく町へ瓢箪を見に出かけた。そして、夜は茶の間の隅に胡坐をかいて瓢箪の手入れをしていた。手入れが済むと酒を入れて、手拭で巻いて、鑵に仕舞って、それごと炬燵へ入れて、そして寝た。翌朝は起きるとすぐ彼は鑵を開けて見る。瓢箪の肌はすっかり汗をかいている。彼は厭かずそれを眺めた。それから叮嚀に糸をかけて陽のあたる軒へ下げ、そして学校へ出かけて行った。

自分の記憶では、親に叱られた清兵衛は手押し車に瓢箪を積んで川に捨てに行く。捨てている挿絵もあったと思うのだが、今度読んだ「清兵衛と瓢箪」にはそんな話はなかった。
音入り
川は護岸してあって、堤から川面に下る緩い傾斜面に、コンクリートブロックみたいなものが敷きつめてある。清兵衛がその傾斜面に手押し車を運び入れ、さらに車を傾けて川に瓢箪を落としている場面を、じゃあ、おれはどこで見たんだ。

「そしたら、きっと誰にも売らんといて、つかあせえのう。すぐ銭持って来やんすけえ」くどく、これを云って走って帰って行った。

読んでてちょっと驚いたのは、志賀が平気で「… て、… て、… て」と続けることで、自分だったらこんなふうに書くときは、反抗的にか、諦めてか、音の効果を考えてか、要するに敢えてやる感じになるのだが、志賀は無自覚だったのだろうか。「殺ぎ落としの文章の凄味」と巻末の解説で村松友視。無自覚なはずはないよなあ。

発見。
昔の人だから、青空文庫にテキストがあるだろうと思ったら、一本もなかった。
Wikipedia によると、明治16年(1883年)生まれの昭和46年(1971年)没だから、まだ著作権が切れてない。
「志賀直哉」を検索しようとして、まちがえて Firefox のナビゲーションバーに打ち込んでしまった。めんどうだから、何か起きるだろうと期待してそのまま Enter したら、Wkipedia に連れて行かれた。
大岡昇平は『暗夜行路』を「近代文学の最高峰」としているという。
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