浦島雑誌
2008-12-07
[ネット著作権]  ReBlog 恐るべし ―― コピーはオリジナリティの必須要素である

- private Zoo - placidiappunti: ...

ReBlog にオリジナリティはあるか。
あると思う。

・Twitter のオリジナリティ

Tumblr の前に Twitter のことを言っておくと、Twitter の記事にはオリジナリティがある。Twitter は個人の発言の記録であって、「おはよう」とか「起っきしたー」とかのあいさつだけでも、ある人がある時間にその言葉を発した(記録した)という意味でオリジナリティがある。
個人の日記(の記事)にオリジナリティを認めるなら、Twitter の記事にもオリジナリティはある。

・Tumblr のオリジナリティ

じゃあ、他人の記事をコピー(ReBlog)しただけの Tumblr の記事にオリジナリティはあるかといえば、やはりある。Tumblr の記事とは、ある ID の個人がある特定の時刻にある記事をコピーしたという行為の記録なのだ。そういう意味でオリジナリティがある。
では、ID の不明なコピーにオリジナリティはあるか。ある。誰かが石を投げて誰かに当たって、ケガをさせたとする(させなくてもいいんだけど)。投げたやつの ID は不明とする。だけど、名前がわからないからといって、その行為がなかったということにはならない。名前は不明だが、オリジナルな行為はあったのである。同様に、ID 不明の誰かが行ったコピー行為にもオリジナリティはある。

・コピーのオリジナリティ

ReBlog のケースを広げて解釈すれば、コピー行為一般にもオリジナリティはある。

・美術品の場合

ふつうにオリジナリティと言うとき、それは作品として高く評価される固有性みたいな意味で使われるが、存在としての固有性はそんじょそこらの河原の石ころにもある(上で使ってきたオリジナリティの意味はこれに近い)。だが、その石ころが人間界でオリジナリティを認めてもらうには、誰かに拾われて、
「この石はいい」
と言ってもらわなければならない。そして次の誰かが「いい」とフォローすることによってさらに価値が高まる。さらに盆栽展や水石展に出品されて、人々の脳裏に記憶され(コピーされ)、写真集に収められて(コピーされて)、しだいにその石のオリジナリティが高まる。
そもそもは、言及という行為が複製の意味を持っている。ある人がある絵画作品を見て、その感動を人に伝えたいと思う。その人に絵心があれば、その人はもとの絵の複製を作って人に示すだろう。でもそういうことのできる人は少ないから、多くの場合、言葉で説明する。このとき、その人の言明に複製作業がともなっていなければ、もとの作品のイメージを伝えることはできない。言及行為とは、ある意味で粗雑な複製行為なのである。

・コピーはオリジナリティの必須要素

論理のよれ具合は勘弁してもらって(勘弁してくれなくてもいいけど)、いったん結論です。

コピーされることでオリジナリティが生まれる。
存在や行為の唯一性という意味で、オリジナルにはオリジナリティがある。同じ意味で、コピーにもオリジナリティがある。でも、両者が結びつかなければ、いわゆるオリジナリティ=作品の価値みたいなものは生まれない。コピーは(も)オリジナリティを構成する不可欠の要素なのだ。

はじめにもどっておけば、ReBlog 恐るべし。
いろんなことを考えさせます。
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